私の日記

誰にも読まれないことが好ましい。LINEの投稿を非公開にして色々書いていたけど惨めな気持ちになってしまったので移行、見てもいいけど見られないことが好ましい。

ヤレる

少し前の話

美容室に行った、母の最近のお気に入りの美容室、前行った店のカラーが酷くて治してもらいなと紹介してもらって、担当も母と同じ人にしてもらった

陽気な男の人だった、髪にパーマをあてていて、あっけらかんとハキハキと、プライドの高さが隠しきれない話し方をする人だった

人見知りの私は相手に話してもらえれば平均的な会話くらいは出来るので助かった

映画の話をした、最近好きな映画、彼はノーカントリーが良いから見てくれと言っていた

突然、話は母の話になった

彼は言った「sさん(私)のお母さんすごく綺麗な人ですよね」と彼は言った

私の母は美しい人で、初対面の人には必ず5歳若く見られて、本人はそれをとても喜んでいる可愛い人、最近は10歳若く見られだした、年齢が止まっているのか?とにかく綺麗な人だ、私もそう思っているし美しい母は私の自慢でもあった

私は「そうですよね、あの人すごく綺麗ですよね」と言った

彼は、続けて言った「僕もうすぐ30ですけど20代なんですよ、でも正直お母さんイケます笑」と

イケます

イケますとはどういう事だろう、一瞬わけが分からなくなった

そして直ぐに「ヤレる」という意味だと分かった

私は何も言えなくなってしまった

昼間の、他にも美容師さんやお客さんが大勢いるそんな場で、恥じることもなく声を潜めることも無く、彼は私の母を性的な目で見ることができる、と宣言したのだ

何を、言っているのだろう、本当に、私は、なんて返せば

分からなくなった

分からず、何も考えがまとまらず、私はただ「ハハッ」と短く笑うことしか出来なかった、それからはもうその「イケます」が私の頭の中を支配して施術中も髪を洗っている間も、ずっとその事ばかりを考えてしまっていた、なぜ言ったのかとか、なぜ今?とか、そういう考えるではなく、ただひたすら頭の中に「イケます」という言葉だけが何度も何度も繰り返し反響し、消え、また現れて反響し、何かの結論が出るでもなくただ呆然とその事に頭を支配された

仕上がりは良かった、美しい色に仕上げて貰うことができた

会計時「これ、1ヶ月以内に来たら全部半額になるんで、また来てくださいね」といわれクーポンを受け取った。私は「え~すごい、ありがとうございます~」と言いながら、それでもまだ頭の中は彼のイケますに支配されていた

美容室から家までは自転車で10分、私はノロノロと自転車に乗りながら高校時代にやっていたアルバイトの事を思い出した

当時私は飲食店のキッチンでアルバイトをしていて、職場の皆は仲のいい、今思えば良い職場だった。

夜の営業が始まるからと仕込みをしていた、何をしていたのかは忘れたが、その場には私と社員の2人だった。その社員は20代前半で常にアルコールが入っているのではと言われていて本人もここ数ヶ月素面になってないと笑っているような人だった、大人や働く人間としてはどうかと思うが私は友達のような感じがして嫌いではなかった。

私が仕込みをしていると彼は「そう言えばsさんのお母さんって綺麗だよね」と言った、私は「綺麗ですよね、私もそう思います」と返した

彼は笑いながら「紹介してよ!」と言った、当時は意味もわからず、紹介?職場の上司としてかな?と思って「わかりました」と答えたが家に帰る途中で「そういう意味」だと気づいて気持ちが悪くなった、以前も書いたが私の母はシングルマザーで、そういった話は冗談では済まされない程のリアリティーがあったからだ

数週間後、その社員とまた2人になった時「そう言えばお母さん、いつ紹介してくれるの」と言ってきた、てっきりもう忘れたものだと思っていたので少し動揺したが、きちんと伝えなければと思って「うち片親なんですよ」と言った、だからそんなリアリティーのある気持ちの悪い話はやめてくれ、と、すると彼は笑いながら「あ、そうなの?リアリティーありすぎた?」と笑いながら、流した、しかしそれから彼は何度か母を紹介してくれ、と言ってきた、もう私には意味がわからなくて、冗談として面白として言っているのか、本気なのか、もう分からなくなって、そして、他の色々な要因や学校の事や人間関係で病んでしまいバイトをやめた

その事を帰りの自転車に乗りながら思い出していた

こんなに綺麗に染めてもらって嬉しい、という感情は、彼の「イケます」によって殺された

半額券をどうするか悩んで、さすがにもう言われることはないだろう、あれは話のとっかかりが欲しくて色々話したうちのひとつに違いない、いやきっとそうだ、そうであってくれ、と思うことにして、1ヶ月後に予約を入れた

そして彼はまた言ったのだった

「綺麗ですよね」「イケます」「誘おっかな」「あれ?これって気持ち悪いですかね?笑」

もう、私の心は折れてしまった

髪を染められていて動けなかったが、すぐにでもここを出て帰りたいと思った、何をこの男は笑っているんだ、なぜそんな恥知らずな事が言えてしまうんだ、腹が立つよりも虚しかった、もういい、もう、どうでもいい、そう思うと同時にどうでもいいと適当に何となく振り上げた包丁がこいつの首に刺さればいいとも思った

あれから1ヶ月、もうあの美容室には行ってはいない

元の店に戻ろう、そうだ、元の店の担当の女の人はあんなこと言わなかった、それにカットは別格に上手いのだ、1度切ってもらえば数ヶ月は行かなくても美しい状態でいられる、すごい美容師なのだ、なのに何故私は、いやもうやめておこう、悲しくなるだけだから

いつもの美容室に予約をいれよう、きっと綺麗にしてくれる、そうして私は美しい髪を手に入れるのだ、悪い言葉で染められた美しさなんて比にならない、楽しさだけで切りそろえられた髪を、私は